目が覚めると、横に妻がいない。
そうだ、妻は病院にいるのだ。生まれたての赤子と一緒に。
寝起きの頭にじわじわと実感が巡ってくる。産まれた!俺は親になったぞー!ヒャッハー!
と叫びたいくらいの気分だが、近所迷惑なのでおさえて、無言で「コロンビア」のポーズを取る。
(参照:やる夫 コロンビア – Google 検索)
さあ、今日からはしばらく産院に見舞い(?)に通う日々が始まる。出産から一週間弱の入院予定となっている。我々夫婦は大きな病気をしたことがないので、「入院している妻に会いに行く」というのも非日常感覚でちょっとワクワクしてしまう。
バスで乗り合わせた人にも
「ねぇねぇ、知ってる? 昨日俺の子供が産まれたんだよ!男の子なんだよ!」
と言って回りたいような衝動に駆られるが、じっとこらえてひとりニヤニヤする。
里帰り出産をしなかった我々夫婦が選んだのは、自宅からは地域バスで15分くらいのところにある開業医の産婦人科。
大学病院vs個人医院
さて当初は「何かあったときに安心だから」という理由で、自宅から徒歩10分のところにある大学病院も検討したものの、元ナースの友人による
「20代女性の普通のお産なんて、研修医の格好の教材だから、たくさん見学に来るよ!」
との助言により、却下。そういうのが医師を育てるとは分かっていても、いざ自分や自分の妻のお産が…となるとちょっと抵抗ありますよね。持病があったりとか、高齢になったりとかしたら大学病院のほうが安心なんだろうな、とは思う。
相部屋の様子
夕方、病室についてみるとちょうど食事の時間だった。小声で案内されてみると、黄色いカーテンで6つのベッドが区切られた相部屋である。
せ、狭い…。
ベッドの脇にちょっとしたサイドボードがあり、ベッドの下には赤子を入れた移動ケース(透明なアクリル板でできた簡易ベビーベッドのようなもの)があると、ぎりぎり見舞い客一人(俺)が丸イスに座ると、もうぎりぎりである。
なので通常は、見舞い客とは病室の外にあるラウンジで歓談するとのこと。
順番が前後してしまうが、出産当日は豪華な夕食が出た。
食事がいいことも、この病院を選んだ理由の一つであろう。(多分)
しかしこの量では朝から何も食べずに出産に望んだ妻にとっては足りなかったらしく、このあと俺が近くのスーパーにおにぎりを買いに行った。
透き通る爪
赤子は、すやすやと眠っている。全く動いていないのでまた不安になって息を確認する。よし、生きているな。
しかし顔に細かい引っかき傷のようなものがある。聞いてみると、自分の爪で顔を引っ掻いてしまうのだそうだ。
爪を見てみると、ほんとうに小さい。0.5cmくらいしかない。しかも半透明でぺらっぺらだ。伸びたところは、ひっかく力に耐えられないのだろう、すこしめくれている。
改めて、こんな弱々しい状態のままよくもまぁ、こんな外界に出てきたものだと感心してしまった。
となりのカーテンの赤ちゃんが泣き出した。
こういうとき、よく「つられて赤ちゃんが泣き出す」という話を聞くけど、うちの子は特に兵器のようだ。というか誰も他に泣かない。
妻に聞いてみると、他の赤ちゃんが泣いてうるさいことよりも、自分の赤ちゃんが泣いたときに周囲に気を使うほうが気になるとのこと。個室に移ろうか…?
やがて面会時間が終わり、赤子の頭をそっと撫でて帰路についた。